2010.8.9(月)  65年目の原爆の日に

65年目の8月6日、広島原爆の日を終えました。

式典の中継、取材、そしてニュースの放送を終えて、印象深かったことが2つありました。

一つは、式典の中での国連事務総長パンギムンさんの言葉です。

国連の事務総長として、初めて式典に出席したパン事務総長。
式典会場である平和公園に姿を現すと、椅子に座っていた人たちのほぼ全員が立ち上がり、大きな拍手が沸き起こりました。
これまで私が見てきた式典では、見たことの無い光景でした。

パン事務総長はスピーチの中で、広島を『平和の震源地』と表現しました。

「私たちはともに、グラウンド・ゼロ(爆心地)から、
     グローバル・ゼロ(大量核兵器のない世界)を目指す旅を続けています」

そして

「地位や名声に値するのは核兵器を持つ者ではなく、
       これを拒む者であるという基本的な事実を、
             私たちは教えなければならないのです」

と続けました。

『平和の震源地』に住む者として、何ができるか、どう行動するか、改めて考えさせられる言葉でした。

もう一つは、式典後の平和公園で取材をしていた時のエピソードです。
平和公園で、様々な方にインタビューをしていた時に出会った、今年で90歳になる橋本さんというおばあちゃん。(写真の方です)
橋本さんは、突然の取材にもかかわらず、じっくりとお話を聞かせてくださいました。
65年前の8月6日、当時25歳だった橋本さんは、広島駅のそばで被爆しました。
爆風に吹き飛ばされながらも助かった橋本さん。
しかし、お母さんと大勢の友達を原爆で失いました。
その当時の出来事を、まるで昨日のことのように、事細かに、話して聞かせてくれました。
65年前のことを鮮明に記憶している様子から、それだけつらく強烈なものだったのだということが伝わってきました。
しばらくは、誰にも語ることのなかった話だということです。
しかし、平和になった今、そして、すっかり変わった今だからこそ伝えたいと話してくれました。

そのおばあちゃんが、別れ際に1冊の本をプレゼントしてくれました。
「原爆体験記」と題されたこの本は、終戦から5年後に小冊子としてまとめられた様々な方の原爆体験記で、橋本さんが執筆した文章も収められています。
当時、あまりの生々しさにアメリカが発刊を禁止し、その後、1975年にようやく日の目を見ることになったのだそうです。
おばあちゃんの「忘れないで欲しい」という想いが伝わってきました。
そして
「忘れてはいけない」という想いが湧き上がってきました。
「原爆体験記」(朝日新聞社)は、原爆資料館でも販売されているそうです。
ぜひ手にとってみてください。

65年目を迎えた8月6日。
あの日の記憶の風化が、年々危惧されています。
でも、あの日を体験した人の記憶は、今もなお、薄れることはありません。
「あやまちは繰り返しませんから」
改めて、この言葉を胸にする原爆の日です。

   
プロフィール

出身地:
広島生まれで広島6年、名古屋11年、大阪4年と言葉が独特の場所で育つ。矢野アナ曰く「言葉の無法地帯で育ったアナウンサー」アクセントには苦労しました・・・・・。

 

誕生日:
11月18日夢の国の住人、あのミッキーマウスと同じ日☆同じピラティスをしているということで勝手に共感してます
渡辺満里奈さんとも同じ日☆演技力と顔に惚れているV6の岡田准一さんとも同じ日☆

 

血液型:
マイペースなO型に見られがちな、几帳面なA型 (よく、嘘でしょっと言われます)
このブログは、几帳面に更新するけど、内容がマイペースになる予感・・・。 良かったら覗いてみてください☆

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