直撃!ひろしまボイス

市民からのボイス

子どもを大切にし、支援するという「広島市子ども条例」。
広島市では昨年12月に素案を公表。
市民への意見募集や説明会などを行い、制定に向け努めています。
では、この子ども条例、どうして、必要なのでしょうか?
2回にわたり、秋葉広島市長に聞いてみます

ANSWER(回答) その1

Q.広島市子ども条例、どうして条例として制定されるのでしょうか?
秋葉市長
背景を申し上げますと1994年に条約が批准されたのですが、これは「児童の権利に関する条約」という風に言われています。
世界中には大変多くの子どもたちがいますけれども、その子どもたちに幸せに育ってほしい、全世界のおとなが一つになって子どもたちの明るい未来をつくりましょう、そういう主旨で条約が作られました。ただその条約ができたから、後はもう全部問題ないですよっていうことになればいいのですけれども、最近の子どもたちの置かれている状況を見ますと、虐待がありますし、いじめや不登校があります。それから子どもの貧困の問題ということもあります。
問題のある子どもたちが、場合によっては親にも相談できない、先生にも相談できない、どうしようといったような時に、その子どもたちを救うためのやっぱり仕組みというのも必要だろうと。そういうところも含めてですね。そういう覚悟を自治体として子どもたちに示す、それからおとなもその責任をきちんとまっとうする。そういう主旨の条例にしましょうということを考えています。

ANSWER(回答) その2

Q.市民のみなさんからも、虐待などの問題があるから賛成という声もありましたね。
秋葉市長
そうですね。それはとても大事です。日本の伝統を考えるといろんな古き良き伝統を条例っていう形にしましょうっていう動きだと私は思っています。
 
みなさんもよく覚えてらっしゃると思いますけれども、
「瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより来たりしものそ
 眼交に もとな掛かりて 安眠し寝さぬ」
(<旅先で>瓜を食べれば子どもが思い出される 栗を食べれば まして偲ばれる
 いずこからやって来たものだろう 面影がしきりに目の前にちらついて熟睡できない)
それで、反歌は
「銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむにまされぬ宝 子にしかめやも」
(銀も金も珠玉も 一体なんになるのだろう  そんな勝れた宝も 子どもに及ぶだろうか)
 
これは山上憶良の歌ですけれども、
この歌を現代的に今の時代にも効力があるようなそういう法的な枠組みの中にきちんと収めて、子どもたちの明日を幸せなものにしよう、
そのためにおとなが責任を果たす、子どももしっかりとそのことを自覚してその期待に応えていく、そういう社会をつくるための条例だと考えていただければいいと思います。

ひろしまボイスからのひとこと

Q.次回はこの広島市子ども条例の意義について秋葉市長に伺います。次回もよろしくお願いします。
秋葉市長
はい、わかりました。

ワンポイント情報

「広島市子ども条例」素案は広島市のホームページなどで紹介しています。ぜひ、ご覧下さい。